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キネマ旬報 2003年 2月下旬特別号
ユダヤ系ポーランド人を両親に持ってパリで生まれたロマン・ポランスキー監督の「戦場のピアニス ト」は、ポーランドの実在のピアニストウワディスワフ・シュピルマンの体験を語りながら、そこにポラン スキー自身を含めたナチス占領下のユダヤ人の恐怖と苦しみを重ねている。 ここで主役のシュピルマンを演じたのがケン・ローチ監督の「ブレッド&ローズ」でグリーンカードを持 たないメキシコ人労働者のために戦う活動家を演じていたエイドリアン・ブロディ。1973年、ブルックリ ンの生まれだそうだが、映画の中の彼にアメリカの匂いはない。 「資金がヨーロッパから出ているので、アメリカの俳優だけは使うなという条件だったのをポランス
キー監督が最後まで粘って、僕に決めてくれたんです。そのため予算を減らさざるを得なかったこと
は申し訳なく思っています」
憂いを含んだ顔を曇らせるブロディは映画で見るのと同じくらいほっそりと痩せているが、 「撮影中はいまより12キロも痩せていたんです。役作りであまりに痩せてしまって、撮影中に遊びに
来たガールフレンドが僕を抱き上げてベッドへ運べるほどだからとても心配されてしまった。自分でも
怖かったですね」
ちょっと緊張気味。子供の頃から芸能界にいるが、いままで派手な注目を一度も集めたことはないそ うだから無理もないか。 「主演の話が来たときはもの凄く興奮しました。突然電話がかかってきてポランスキー監督の新しい
映画に出てくれないか、とのことでした。そのときはまだ内容を外部に漏らしたくなかったようで、主役
と言うだけで情報は何もなかった。はじめてポランスキーに会ったときは本当に感動しました。素晴ら
しいインテリジェンスを感じたし、とても頭のよい優れたユーモア・センスの持ち主だと思いました。そ
れから一ヶ月くらいして決まった、という電話をもらったのですが、その間、あせっても仕方ない、と
思っていました。役者稼業に待つことはつきもの。拒否されるのは当たり前。だから、絶対にやりた
い、と思っても、ダメだったらそれは仕方がないとあきらめることに慣れているんです」
物静かに淡々と話す様子は、映画の中のシュピルマンそのものに見えて、とても現代のアメリカ青年 とは思えない。ロマン・ポランスキーは、彼のそんなところに注目して起用したのだろうか。エイドリア ンがナチスの集中砲火を浴びて廃墟と化したワルシャワのユダヤ人ゲットーに入り込んで立ち尽くす シーンがショッキングだ。
「撮影の初日は三作連続で映画を撮った直後。そしてあの廃墟のシーンが最初でした。六週間の準
備期間があったのですが、その間、部屋にこもりきりでピアノの練習とダイエットをしていて食べるも
のはゼロに近かった。撮影が始まり、僕が壁を登って向こう側にいくとあの荒涼たる光景が見える。
CGではなく、美術担当者が実際に作り上げたセットです。それを見た瞬間、これが自分の住む街
だったらと思うと自然に涙がこぼれてきました。人間はこんなひどいことが出来るのだと思うと涙が
止まりませんでした」
ハンガリー動乱の際に13歳で難民になり、アメリカへ移住してきた母を持つ、というブロディだけに子 供の頃から戦争のことやナチスの残虐さは家庭でいつも話題に上っていたという。この母のすすめで ピアノを学んでいたのが今回のピアニストを演じるに当たって役立った。映画の中で彼がピアノを弾く シーンは何度かあるが、中でもスリリングなのは、ナチスの将校に見つかり、恐怖の中でピアニスト であることを証明するために弾くシーンだ。そこには彼の命がかかっている。部屋のガラス窓はみん な破れていて吐く息の白さが目に焼きつく。極寒のワルシャワだ。 「見た目どおりのとても寒いセットでした。撮影スタッフはみんな分厚いコートを着ていたけれど、私は
着たきりのスーツだけ。監督は画作りのために窓のすべてを開け放してしまい、私は死ぬほど寒くて
凍えていた。そういうところがロマン・ポランスキーなんだ。だから彼はマエストロなんです(笑)。彼の
要求はとにかく大きい。僕は、そんな彼の要求を受けて立とうと思った。だから大変なことも多かった
が具体的な不快感や苦労の記憶は消えていく。ダイエットは本当にきつかったが今はもう過去のこと
としてなんなく思い出せる。それよりも、演じたシュピルマンの経験する苦しみや痛みのような心の傷
の方が自分の心の中に影を落としていて底から抜け出すのが難しい。次にやりたい役がなかなか見
つからないのはきっとそのせいなのだろうと思う。『戦場のピアニスト』に出たおかげで自分は成長で
きたし、自分のやりたいことが何なのか、を思い出させてくれたのがこの映画でした。だからなおさら
次に自分のすべてのエネルギーをぶつける映画を見つけるのが大変になってしまったのです」
16歳で出演した「ニューヨーク・ストーリー」がフランシス・フォード・コッポラ、「シン・レッド・ライン」が テレンス・マリック、「サマー・オブ・サム」がスパイク・リー、そしてケン・ローチにロマン・ポランスキー、 と出演作の監督の顔ぶれはそうそうたるもの。個性的な有名監督の作ばかりを選んで出演しているように見える のが興味深い。
「もちろん自分で意識して選択するけれど、望んで叶うというものでもないのがこの世界。出演が決
まったときに考えるのは自分が俳優としてかかわったことで何ができるのか、ということ。若い俳優で
選択権を持つものは少ないし、やりがいのある素晴らしい役というのも少ない。生活のためにバイト
をしなければならない人がほとんどなのに、役を選びながら俳優を続けてここまでこられたのは幸せ
だったと思います」
70歳近くなり、ついに自らの創作の根源にある悲劇の体験を語ることになったロマン・ポランスキー が主役に起用した若いアメリカ人俳優は、これからの彼自身の俳優人生を左右する大きな役を演じ きった自信と、それが終わってしまった後にくる虚脱感との間で揺れ動いているようだった。 |
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