cut 2003年 2月号
エイドリアン・ブロディが部屋に入ってくると、その場の空気が変わった。繊細な物腰、アクセントを感 じさせずにゆっくりと発音される言葉、相手を注意深く観察する、おだやかで思慮深い面持ち――そ うした佇まいのひとつひとつに控えめだがたしかな品格が溢れている。29歳でこうした風格を感じさ せるアメリカの俳優は珍しい。とくにこれまで演じてきた『サマー・オブ・サム』の切れた男や、『ブレッ ド・アンド・ローズ』のとばけたブルーカラーの青年のイメージが強かっただけに、正直面喰ったほどだ。 だがこの高貴さこそ、ロマン・ポランスキーが彼に白羽の矢をたてた最大の理由だったのではないか。 2002年のカンヌ映画祭で見事にパルムドールに輝いた『戦場のピアニスト』は、ポランスキー監督が 満を持して故国ポーランドの殺戮の歴史に取り組んだ大作だ。ドイツ占領下にゲットーを脱出し、廃 墟に身を隠しながら生き延びた伝説的ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの伝記を元に、その 半生を映画化している。父方がポーランド系ユダヤ人であるブロディは、外界との接触を絶たれ壮絶 な孤独と恐怖のなかに身をおく主人公を、ダニエル・ディ=ルイスも顔負けののめり込みようで体現 している。(実際この原稿を書いている矢先、デイ=ルイスと並んで、ゴールデン・グローブ賞男優賞 にノミネートされた!)。私的な生活環境を全て葬り去り、まさしく主人公となって生きたそのタフな 数ヶ月は、果たしてこの若く潔癖な役者に何をもたらしたのか。その思いの真摯さに圧倒されるととも に、新たなスター誕生を確認させられたインタビューだった。 ――役作りのためにかなり体重を落とされたそうですが、キャラクターにはどんなアプローチをしたんですか。 「歴史上の、しかもホロコーストを生き残った人物を演じることにまずとても責任を感じたよ。監督が
実際にゲットーを体験しているポランスキーだってことも、もちろん大きかった。しかもこの作品を作る
にあたって、膨大な資料のリサーチがなされたのも知っていたから、もうできる限るの努力はしたつも
りだよ。アクセントを身につけること、ショパンを弾くこと、体重を落とすこと。撮影に入る半年ぐらい前
からベルリン、それからワルシャワで、周囲との接触を絶ってひとりで暮らし始めた。体重を落とすと
ともに、このキャラクターの孤独感を実際に体験するために。ぼくのやり方はいつもありったけの要素
を利用して、キャラクターの心情に近付いていくというものなんだ。全てを失ったこの主人公に少しで
も近付こうと、それまですんでいたニューヨークの家は引き払って、電話も止めた。そういう環境に自
分自身を浸すことが僕にはとても重要だった」
――監督はどんな助言をくれましたか。彼との仕事ぶりはどんな感じでした? 「ロマンは僕にたくさんの指示を与えてくれたし、何より彼自身が体験してきたことをいろいろと話して
くれたのが大きかった。でも彼と仕事をするのはハードだよ。彼は独特の強靭さをもっているし、役者
の経験もある。あるとき屋根から僕が滑り落ちるシーンがあって、彼は頭から落ちて欲しいと言った。
実際の家の屋根で下はタイルなんだよ。僕は彼に、『まず誰か実際にやってみせてくれないかな?』と
訊いた。そしたら彼は、『全く、君は役者だろう!?』と言うなり、自分自身で滑り落ちた。それがまた、若
い頃のハリソン・フォードが見せるアクションなんかよりもさらにうまくやってのけたんで、僕はもう完
全に打ちのめされてしまった。一体こんな監督にどんな不平が言える?そのときの僕といえば58キロ
ぐらいしかなくでへろへろで、6,7回のテイクの末にはろっ骨から何から傷だらけだった。でも彼に言え
たのは、『今のでOKかな?』っていうことだけ(笑)」
――こういう物語の、シュピルマンのようなキャラクターにのめり込んで行くことに、恐れはなかったですか。 「もちろんあったよ。でも僕は、“恐れること”を恐れてはいないんだ。だって他人を演じるなんてすごく
エキサイティングな体験なんだから。そこで本当に役とコネクトすることができれば、それは役者なら
ではの美しい経験になる。この職業には素晴らしいことがたくさんある一方で、ビジネスにおいてはそ
れとおなじくらいむかつくこともある。でも僕が役者業から得る真の楽しみは、そういう演じているあい
だの役にコネクトできたと思える瞬間や、その余韻にあるんだ。それは何かに取り憑かれたように自
分を失う瞬間でもある。でも僕にとってはそれが唯一“その瞬間”に辿り着く方法であり、最も遠くまで
行ける手段なんだ。だから怖がってなんていられないんだよ。僕はこの役を演じるために、身の回り
のものを全て清算すべきだと思った。よくよく考えた末の結論だよ。だからアパートも引き払ったし、
車も処分したし、人間関係だって自分にプラスにならないと思ったものは縁を切った。だっていずれに
しろそういう連中は助けにはならないし、本当の友人だったら理解して、待っていてくれるものだろう?」
――それは本当にそうですね。演じている最中はどんな事が心によぎったんでしょう?どうやって彼 が正気を持ち続けられたのか理解できたと思いますか。 「わからないな。実際彼が正気を保っていたかどうかも僕には確信がない。果して撮影中、僕自身も
ずっと正気の状態にあったかどうかも……。撮影現場はとても悲惨な状況で、おそらく僕自身、これ
まで経験した事がないぐらい不幸な気持ちでいたと思う。まず何よりも毎日空腹を抱えていたし、肉
体的にも心理的にも大きな変化のさなかにあった。つまり全くの別人のようになって、ほとんど自
分の意思すらも失ってしまったんだ。今振り返ってみると本当にすごい体験だったよ。なんて大変だった
ろうと思うけど、それによって人間の苦しみというものがどんなものかを理解することができた」
――あなた自身は現実に恐れていることってありますか。 「ないね。つまり僕をコントロールするような恐れ、という意味だけど。もちろんこれまでだって恐怖を
感じる事はたくさんあったし、不安や悲しみに暮れることもあった。でもつねに僕の頭の中に巣くって
いるような恐れていることが何かあるかと訊かれればノーだ。確かに死は人間にとって最大の恐怖
かもしれない。でも人間は誰しもいつかは死ぬものだし、愛するものの死に立ちあわなければならな
い日だって訪れるだろう。そういうものに対する感情を、僕は恐れと呼びたくない。それはとんでもなく
辛い体験になるかもしれないけど、いつかはやってくるものだし、乗り越えていかなければならないも
のだから」
――バンドを組んでいるそうですが、そうした経験は今回の役柄のために役立ったと思いますか。 「音楽家を演じるなら、まず彼と音楽をつなぐ愛情を理解するべきだ。ショパンの曲はとくに感情豊か
だから、僕はただそれがうまく弾けるというだけじゃなくて、それを本当に伝えられるようになりたかった。
つまりその楽曲が持つストーリーを理解して、その感情を最大限に表現するということ。それは
キャラクターを十分に理解してこそ可能なんだと思う。僕自身は以前ちょっとだけピアノをやったりもし
たけど、ちゃんとレッスンを受けたことはなかった。シークェンサーを使って、イーストコースト風の、
ちょっとダークなヒップホップ・ベースの曲を作ったりしていた。でも逆に今回の体験で、僕が作る曲が
もう少しメロディアスな方向になってくる予感がするんだ」
――あなた自身は音楽は人間を変えることができると思いますか。この実話がまさにそうだったわけですか……。 「僕は音楽や、その人がどんなのを聴いて育ったかという事が人間性の形勢に関係していると思う。
音楽は世界共通の言語で、その人が何人で何語を喋ろうが関係ない。僕が言葉でコミニュケートでき
ようができまいが、君は僕の音楽から発散されるもので何かを感じ取ることができる。音楽ってそうい
うものだと思う。人間同士がコネクトできる素晴らしい手立てなんじゃないかな」
――この役から完全に抜け出るのに、かなり時間がかかりましたか。 「何ヶ月もかかったよ。今でもこうしてあの映画のことを話していると、いろいろな感情が湧き上がってくる。
とくにあそこで体験したさまざまな事とその重みは、これからも僕の中にずっと残り続けると思う」
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